丹波篠山の歴史

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丹波与作

「丹波与作は馬追いなれど、今じゃお江戸で二本差し」このように、篠山節に歌われている丹波与作誕生の地の碑が、熊谷の集落への入口の掘側の一角に立っている。
与作は、この地で生まれ、百姓仕事のかたわら馬追いをして、文武両道の修業に励み、ついに江戸で立派な武士になったという。寛文10年(1670)の「松平大和守日記」には「よさくと云う唄、近年はやりしてきく」と書かれている。
ま た、延宝5年(1677)には、京都の役者嵐三右衛門が初めて丹波与作の物語を演じ好評を得たと言われる。これらの庶民の人気をもとに、さらに近松門左衛 門が、宝永年間(1704ー11)に「丹波与作待夜の小室節」という外題で浄瑠璃に取り上げ、伊達与作という侍と関の小万の道ゆきものとして創作発表され ると、大評判になり与作のなが一層高くなった。(夜久野町にも与作誕生地話がある)傍らには「ゆるぎ地蔵」が祭られている。
これは、吉田冠子・三好松洛作の「恋女房染分手綱」(宝暦元年・1751、初演)の中に出てくる、与作の一子三吉と丹波由留幾家の乳母で実母の重井との別れの場面から、土地の人々が、いつの程にか「小安地蔵」としてお祭りし始めたものであろう。 



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