王地山陶器所
王地山陶器所は、王地山公園の西側、稲荷神社の赤い鳥居が並び立つ長い石段の右の谷間にあり、上立町・本篠山バス停より徒歩約10分程である。また、王地山焼は、文政元年藩主青山忠裕が名工・欽古堂亀祐を京都から招いて指導させた藩窯である。
嘉永年間の最盛期には、幾多の気品に富んだ上手作を焼いている。しかし、廃藩とその運命を共にし、明治2年(1869)廃窯となってしまった。その後120年を経過した1988年にその名も同じ王地山陶器所として復興し、当時の技法で青磁・染付・赤絵を制作・販売しています。