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  • 【満席】明智光秀ゆかりの地 丹波篠山八上城跡を訪ねて
  • 【満席】明智光秀ゆかりの地 丹波篠山八上城跡を訪ねて

    やかみじょうあとはいきんぐ

    【満席のため受付を終了しました】

    JR福知山線利用促進のため、JR篠山口駅を起終点としたウォークイベントを開催いたします。
    京阪神からもJRを利用して参加いただけるハイキングとなっております。ぜひご参加ください。

    「丹波冨士」と称される高城山にある八上城跡は、展望の良さも魅力。
    登山をしながら、遠い昔に思いを馳せてみませんか。

    ハイキング詳細

    【開催日時】 11月7日(土)
    【集合】   JR篠山口駅 10:00
    【解散】   JR篠山口駅 15:00頃
    【参加費】  無料
    【昼食】   要持参
    【定員】   20名(残席わずか)

    【予約・問合せ】 丹波篠山観光協会 TEL:079-506-1535 (11月6日までにお電話にてお申込み下さい)

    高城山(たかしろやま)

    「朝路山」や、「丹波富士」と呼ばれる、標高462mの秀峰です。
    頂上の本丸を中心に、全山に完備した模範的な防御構築が施されていて、戦国時代の代表的な山城です。
    本丸付近には、当時をしのぶ石垣が、わずかに残っています。

    国指定史跡 八上城跡(やかみじょうあと)

    八上城跡は、室町時代から戦国時代にかけて、丹波地方の有力国人である波多野氏が本拠地とした山城です。
    篠山盆地の中央南部、山陰街道が東西に貫く八上を北麓に見下ろす高城山と、その西側の法光寺山(標高340m)に位置します。
    波多野氏は、応仁の乱の成功によって多紀郡小守護代となり、15世紀後半に、高城山南西の尾根先端部に奥谷城を築き、奥谷に城下町を置きました。

    16世紀前半には、高城山主峰部に八上城を築き、これを本城とし、奥谷城は支城として改修されました。

    16世紀中頃には、三好長慶や松永久秀と対立して、一時八上城を攻め取られましたが、永禄9年(1566)に取り戻しました。
    支城である法光寺城は、これらの抗争に先立ち、八上城と城下の防御力を高める目的で築かれたものです。
    また、その後、城下の中心は奥谷から街道沿いの八上へと移ったとされます。

    天正7年(1579)、織田信長の丹波攻略の一環として、明智光秀による兵糧攻めにより、八上城は落城し、波多野氏は滅亡しました。
    以後、前田氏などが八上城へ入ったが、慶弔14年(1609)の篠山城築城により八上城は廃城となりました。

    八上城跡は、本状と支城が城下を挟んで配置されるなど、中世山城の典型的な姿を留めており、戦国領主の支配拠点の様相を現在に伝える史跡として大変重要です。
                       

    基本情報

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